医療看護研究会誌 第12巻1号
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西村ユミ:現象学的看護研究─考え方と方法8Ⅰ.はじめに 現象学は、その創始者フッサールの言葉にあるように「事象そのものへ」立ち帰り、記述的にその事象を開示していくことを目指している。それは、私たちのものの見方や考え方がある1つの見方に固定され、事象の理解を難しくしたり歪めたりしていることに対する反省として生み出された1)。例えば、自然科学の見方や方法のみによって事象を探究しようとすることが、この1つの見方に該当する。医学や看護学の領域を見てみると、自然科学の枠組みや方法を用いて医学的知識や看護学の知見が産出されることが多い。しかし、医師の判断や看護師の行為などといった実践の仕方に関わる事柄を、科学的な枠組みや知識のみによって説明することは難しい。では、医師や看護師等々の医療現場の専門家たちは、いかに様々な状況に応じたり、経験を参照したり、知識を用いたりして実践を遂行しているのであろうか。 このような問いに応じるために、既存の枠組みを一旦棚上げして、言い換えると、科学的な見方や方法を棚上げして、事象そのものへと立ち帰り、そこから事象の意味を記述的に開示していく方法、言い換えると、現象学の考え方を手がかりとして具体的な看護の事象の構造や成り立ちを探究する方法が、現象学的方法であり、そのような一連の研究を現象学的看護研究と呼んでおこう2)。 現象学を手がかりとした研究では、様々な状態にある者の実践や経験を探究する視点や方法を提案するが、こうした経験の探究において、他の研究方法と異なるのは、現象学的研究が照準を合わせる水準が、いまだはっきり言葉にならない、自覚する手前の経験であり、ここへとアプローチしようとする点であろう。看護師などの実践家の経験も、病いや障害を患う者たちの経験も、その都度はっきり自覚されているわけではない。その都度の経験が何と連関して生じているのか、何に引き寄せられているのか。これらの実践や経験は、何によって支えられ生み出されているのか。現象学的研究では、こうした問いをもって、経験の構造や成り立ちを問題にする。ここにも他の方法による研究との違いが見て取れる。つまり、現象学的研究では、焦点化したい経験を成り立たせる文脈自体を重視し、その生成の主体や対象までもが問い直され、フランスの現象学者であるメルロ=ポンティの言葉を借りると、事象そのものの記述を通して「世界を見ることを学び直す」ことに専心するのである。 本稿では、こうした関心をもって取り組んだ、複数人で行われる急性期病院の一病棟の看護実践に注目して、そこで協働実践がいかに行われているのか、という問いによって進められた研究を例に、次の3点について検討する。1)なぜ現象学が求められたのか。2)実際に、どのようにデータを得たのか。3)具体的にいかに分析をしたのか。 これらを吟味するによって、現象学的研究が、どこまでも事象に即していることが確認できるだろう。 なお、本研究例は、「「音」の経験と看護実践の編…成」3)において報告した内容の一部である。Ⅱ.なぜ現象学が求められたのか 急性期病院の病棟においては、複数人の看護師たち44が複数人の患者のケアを、相談をしたり申し送りをしたりしながら達成している。そのため、“ともに”行現象学的看護研究─考え方と方法Phenomenological Research on Nursing:Approaches and Methods西 村 ユ ミ*NISHIMURA Yumi特別寄稿順天堂大学医療看護学部 医療看護研究16P.8−13(2015)*首都大学東京健康福祉学部看護学科Faculty of Health Sciences, Division of Nursing Sciences, Tokyo Metropolitan University

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