医療看護研究会誌 第12巻1号
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順天堂大学医療看護学部 医療看護研究 第12巻1号(2015)9われる病棟の看護、つまり協働実践が、病棟で働く看護師たちにおいていかに行われ、かつ経験されているのかという問いをもって、ケアを可能にしている土台ともいうべき“層”から、ケアへと繋がる一連の実践を記述することを目的に取り組んだ。 こうした問題関心をもった際、いかなる視点や方法によって事象にアプローチできるのかを吟味する必要がある。例えば、看護師の実践に関心を向けると、看護師の臨床判断能力が問題とされることが多い4)5)。臨床判断に関わる研究の多くは、1人ひとりの看護師たちが、その能力をいかに育成しているのか、あるいは1人ひとりの臨床判断はいかなるプロセス等で行われているのかを探究することが目指されている。しかし、病棟における実際の看護は、複数人によって行われているため、個々人に能力を帰属して吟味された研究によっては、協働の仕方は見えてこない。加えて、看護師たちの実践は、暗黙知や経験知として探求されることも多い6)−8)。しかし、「例えば「暗黙知」という言葉で紹介される実践も、それを言葉によって明示的に説明することが難しいだけであって、説明とは別のかたちで表現されていたり、それへの応答が可能であったり、実践を通して他の看護師へ継承されたりしていることがある」(p.19)9)。その意味で、言葉で説明し難い看護実践であっても、それは必ずしも暗黙とは言えないだろう10)。 上述の議論より、協働実践がいかに成り立っているのかという問いに、能力を個々人に帰属させ個人の実践や判断を探究すること、及び、暗黙知等の概念を用いてこれを説明するという方法で答えることは難しい。むしろこの問いに答えるためには、これらの方法を差し控え、病棟において看護師たちが協働するその実践へと立ち帰ることが要請されるのである。それゆえ、本研究では、既存の枠組みを棚上げして、その場で起こっていることを、その内側から記述的に開示する現象学の考え方や態度を必要とした。この現象学の考え方は、メルロ=ポンティ11)の次の言葉が端的に示しているため、それを引用しておこう。記述することが問題であって、説明したり分析したりすることは問題ではない。(略)私が世界について知っている一切のことは、たとえそれが科学によって知られたものであっても、まず私の視界から、つまり世界経験から出発して私はそれを知るのであって、この世界経験がなければ、科学の使う諸記号もすっかり意味をなくしてしまうであろう。(p.3)11)Ⅲ.実際に、どのようにデータを得たのか1.フィールドの紹介とフィールドワーク 本稿で紹介する研究は、2名の研究者が、6年間にわたって救急医療を担う総合病院で実施した調査に基づいている(注)。この病院の病床数は500床弱であり、400名程度の看護職が属していた。調査をした病棟は、循環器呼吸器内科病棟であり、看護師長1名、係長2名、及び約20名の看護師たちが、35名程度の患者のケアを行っていた。20名余りの看護師たちは、日勤(8:30~17:00)、中勤(12:30~21:00)、夜勤(20:30~…9:00)という3交代勤務をして、患者のケアにあたっていた。また、彼らは2チームに分かれて患者の援助を行っており、日勤帯の各チームにはリーダー1名と直接患者の援助に関わる3~4名の部屋持ち看護師が配置されていた。 フィールドワークは、研究者が調査先である「その場に入り込み、その場に馴染みつつ、その場で実践をする人々の見方や振い舞い方を学んで身体化していくことを通して、その場で起こっていることが見えるようになってくることを記録する」(p.21-22)9)という、身体を介した経験を活かした調査法である。フィールドでは、次々と事態が展開し、多様なことが折り重なるように起こり、いろいろな音も飛び交っていた。本研究で注目した看護師たちは、こうした状況の只中である種の展望を働かせながら、実践を成り立たせていた。それゆえ、研究者である私たちは、上述した病院の近くに寝泊まりし、ここで働いている看護師たちと同じように出勤して、一緒に病棟へ入って申し送りを受け、看護実践に同伴しつつ、そこで起こっていることを書き取る方法を採用した。 ところで、いくら上述のように工夫をしたとしても、私たちが、病棟で起こっていることのすべてを見て取ったりそれを記録に留めたりすることは現実的ではない。これは、私たちだけではなく、実践家たちにおいても同様であろう。何かに注意を向けているときには、それ以外のことが背後に退く。メルロ=ポンティ11)も記述しているように、私たちの知覚には図として何かが現われてくるが、そのことはそれ以外の事柄を地として背後に退かせることでもある。こうした議論を参照し、フィールドワークでは、一人の看護師に同伴をさせてもらい、その人の注意に沿うように事象を追

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