医療看護研究会誌 第12巻1号
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西村ユミ:現象学的看護研究─考え方と方法12くれて、戻る時にナースコールでまた呼んでくれるんですけど、鳴った、覚えがなかったんですよね。N コールも鳴ってなかったんですね。A うん、コールも鳴っていなくて、カーテンから顔の気配が出ていたので、で、それがたぶん目に入ったんだと思うんですけど。で、それで行ったらおトイレするところだったので、ま、あの、介助しなくて大丈夫だったんで、そのまま座ってもらって、戻ろうと思ったら、お向かいさんが声をかけてくれたもんで、はい。A …その人が、あ、ナースコールをしてくれるようにって、あの、ずっと444説明してて。それでそれを守ってくれて押してくれて移動していた人だったので、押してくれるって思って、いたんですけれど。M そしたら、それがないように、ないということがわかったというか、A そうですね。 分析は、フィールドノーツとインタビューデータの両方を用いて行った。 ここでまず確認しておきたいことは、Aさんは[1]さんから点滴がなくなったことをナースコールで呼ばれ、「忘れてた」という経験もしているために、急いで1号室へ向かっていたことである。また、Aさんが立ち寄った6号室は、Aさんのチームが担当している病室であるが、Aさんの担当病室ではなかった。このことから、Aさんの「あれ?」という気づきは、1号室に向かうAさんの関心を、瞬時に6号室へと向かうよう再編成する経験であったと言える。 次いで、注目したいのは、「(A)あれ?」と気づいた時、「(A)[3]さんが、見えた」と語っている点である。この語りから、Aさんは何かを見ようとして部屋の中を覗いたのではなく、不意に部屋の中から[3]さんが見えてきたということ、つまり、向こうから促されるように「見えた」ということが起こっている。加えてAさんは、「見えたと、思うんです」「顔の気配」「たぶん」と言って、断定するのを避けて語っている。このことから、Aさんは、[3]さんの身体や顔を明示的に対象化して見てはいない。以上より、Aさんは、「あれ?」と声を出した時「顔の気配」の方に促され、注意を生起させている。 さらに「[3]さんが見えた」と語ったAさんは、続けて[3]さんがトイレに行くときに、ナースコールで呼んでくれていたことに言及する。そして、「通った時」にナースコールが「鳴った覚えがなかった」ことを加える。これらのことから、「[3]さんが見えた」こととナースコールが鳴ることが“対”になっていたことがわかる。この“対”は、「おトイレの時にナースコールで呼んでくれて、戻る時にナースコールでまた呼んでくれる」という[3]さんのこれまでの行為、これを看護師たちが「ずっと説明してて、それでそれを守ってくれて押してくれて(ポータブルトイレへ)移動していた人だった」ため、「押してくれると思って」いたという、それまでの看護師の文脈とそこで為される看護師の行為によって作られていた。 これらをまとめると、[3]さんの顔の気配はAさんに「[3]さんのトイレへの移動」という意味を見て取らせ、この移動は、「ナースコールが鳴りそれに対応すること」と対になって成り立っていた。ここでは、前者が起こった(見えた)ことが、後者、つまり「鳴った覚えがない」ことを浮かび上がらせていたのである。言い換えると、対になって起こることとして了解されていた出来事の一方が経験されないと、他方の不在が浮かび上がる。これが、[1]さんがトイレへ降りるときの移動の援助という、Aさんの身体性をも含んで成り立っていた。 看護師たちの協働実践は、上述のように、文脈の中で意味をもって現われることとともに生成されていた。ここでは、Aさんという一人の看護師に着目して分析を紹介したが、このAさんは、他の看護師が担当していた患者[3]さんへの対応を、自身の担当する患者[1]さんへの対応の間に挟んでいた。さらに、[3]さんの排泄への援助行為は、この日、他の看護師が担当していたと思われるが、その際のナースコールがないことまでもが浮かび上がっていたことから、Aさんは他の看護師の担当する患者への他の看護師の応答までをも視野に入れて実践していたことが見て取れる。言い換えると、一人の看護師の振る舞いにはすでに、複数の看護師の応答が反映されているのである。Ⅴ.現象学的看護研究の方法の特徴 具体的な実践例の紹介より、現象学的研究では、はっきり自覚していない次元から、私たちの実践がいかに成り立っているのかを分析することを強みとしていることを示した。そこでは、探求しようとする事象の

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